東京地方裁判所 平成9年(ワ)19999号 判決
原告 瀏健志
右訴訟代理人弁護士 服部正敬
同 仲嶋克彦
被告 大東京火災海上保険株式会社
右代表者代表取締役 小澤元
右訴訟代理人弁護士 牧元大介
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告は原告に対し金八〇〇万円及びこれに対する平成九年一〇月一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、被告との間で自家用自動車総合保険契約を締結した原告が、「偶然な事故」により被保険車両に損害を生じたと主張して、被告に対して車両保険金の支払いを求めた事案である。
一 争いのない事実等
1 被告は、損害保険等を業とする会社であり、原告は、平成九年二月五日、被告との間で保険期間を同日から一年間とする自家用自動車総合保険契約を締結した。
2 同契約では、被告は、衝突その他偶然な事故によって原告所有の被保険車両(ロールスロイス・登録番号足立三四つ八一七九、以下「本件自動車」という。)に生じた損害を車両保険金額八〇〇万円の限度で同保険契約の車両条項及び一般条項に従いてん補するものと約されていた(甲三、乙一)。
3 また、同契約では、<1>保険契約者たる原告は、事故の状況等を書面で被告に通知すること(保険約款第六章一般条項一四条三号)、<2>被告が特に必要とする書類または証拠となるものを求めた場合には、原告はこれを提出すること(同条九号)、<3>原告が、これらの書類に故意に不実の記載をした場合には、被告は保険金を支払わないこと(同約款第六章一般条項一五条四項)を定めている(乙一)。
二 争点
1 本件車両による偶然な事故の有無
2 原告が提出した事故状況に関する書類への不実の記載の有無
三 争点についての当事者の主張
1 争点1について
(一) 原告
原告は、平成九年七月一三日午後一〇時半頃、埼玉県草加市柿木町一二一五-一先道路を本件自動車で走行中、右前方より犬が飛び出したため、これを避けようとしてハンドルを左に切ったところ、道路左端の電柱に衝突し、その後、右に急旋回した後、更に道路左側に向けて旋回し道路左側の用水路に転落する事故(以下、右日時・場所における本件自動車による事故を「本件事故」という。)を惹起し、その結果、本件自動車に修理・部品代等九〇一万二三八〇円の損害を被った。
(二) 被告
本件事故は、原告の故意により惹起させたもので、偶然な事故ではない。
2 争点2について
(一) 被告
原告は、本件事故の後、被告に対し、本件事故は右1の(一)のような状況で発生したとの書面の申告を行ったが、本件事故現場に残るタイヤ痕や電柱の痕跡等から、原告の行った事故状況の申告は虚偽であることが明らかであるから、前記保険契約の約定に照らし、被告はこの点でも保険金の支払い義務を負わない。
(二) 原告
被告の主張を争う。原告は何ら虚偽の申告を行っていない。
第三争点に対する判断
一 争点1(偶然な事故の有無)について判断する。
1 原告は、その陳述書(甲六)及び原告本人尋問(第一回)において、本件事故の状況について、<1>本件事故現場道路の中央付近を時速四〇ないし五〇キロメートルで走行中、電柱の手前約五メートルの位置に来た時、右の方から突然犬が飛び出してきたため、左へハンドルを切り、道路左端の電柱に本件自動車の左前部が衝突した、<2>衝突後、あわててハンドルを右に切ったところ本件自動車は右に向かい、今度は右側の用水路に落ちそうになったので、左にハンドルを切ったところ左に向かい、その後ハンドルがロックされたように動かなくなり、本件自動車はどんどん左へ曲がっていき、道路左側の用水路に転落した、と供述している。
2 ところが、証拠(乙二ないし八、九の1ないし3、一〇、一二)によれば、<1>電柱の手前に、道路左端を道路にほぼ平行に電柱に向かう本件自動車の前輪左側タイヤによるものと認められるタイヤ痕があり、そのうち一本はまっすぐ電柱に向かって伸びてから止まっており、もう一本は電柱の少し前でこれと枝分かれして電柱の右側をかすめて右前方に向かい、その後、左旋回し道路左側の用水路まで至っているが、これらに対応する本件自動車の右前輪によるものと見られるタイヤ痕はないこと、<2>これらのタイヤ痕は、本件自動車が電柱と衝突する位置より手前から付いていること(なお、本件自動車の最前部であるバンパー前面と前輪の車軸との距離は八八センチメートルである。乙九の1)、<3>また、電柱の高さ七〇ないし九五センチメートルの範囲に残されている本件自動車のフェンダー部分によるものと見られる衝突痕は、道路手前から道路と平行に見た電柱の中心線よりもかなり左側に回り込んだ位置にまで着いているうえ、痕跡が右横方向に擦過しているものと擦過していない圧痕とがあり、擦過痕の中にも、同一の擦過痕が著しい上下動をしながら右に移動しているものがあること、<4>時速三〇キロメートル以上の速度で自動車が電柱と衝突、擦過した場合の擦過痕は擦過時間がごく短時間であるために直線的な流れとなり、右のような著しい上下動をすることはないこと、<5>電柱の高さ一〇ないし五五センチメートルの範囲にある衝突痕についても、一つの痕跡の上に他の痕跡が重なっているところがあること、<6>前記タイヤ痕のうち、電柱の右側をかすめて道路中央に向かったものは、電柱右側から道路中央に向けて約三〇度の角度で進んだ後、急カーブで左に回り、電柱から約一一メートルの地点で道路左端に至っているが、本件自動車でこのような急カーブで進むことは時速約一五キロメートル以下のごく低速でないと困難であること、が認められる。
右に見た各事実に照らすと、本件事故は原告が供述するような状況で発生したものとは到底認められず、本件自動車は、比較的低速で道路左端を道路とほぼ平行に進んで車体の左側が電柱と衝突して一旦停止し、この衝撃によりフェンダーがタイヤ前部に接触するようになったことや車軸のゆがみによりタイヤの転動状態が変化し(乙三、四、七)、左前輪のみスリップ痕が生じる状態となり、この状態で道路とほぼ平行に後退し、再度前進して電柱に擦過痕を生じさせながら電柱の右側をかすめて低速で道路中央付近まで進行したうえで左旋回して道路左側の用水路に転落したものと認められる。
3 林洋作成の鑑定書と題する書面(甲四)及び意見書(甲五)中には、右認定に反し、本件事故の態様は、本件自動車が電柱と衝突した時点で前輪は車体の変形により拘束され、左前輪のタイヤ痕が付く状態となるとともに、操舵が一切不可能な状態となり、電柱により左前端部を右向きに押され右へ急旋回させられ、道路中央付近まで進んだ後、今度は左前輪をロックされていることにより左方への急旋回を強いられて左側の用水路へと向かったもので、原告の主張する通りの事故態様に矛盾はないとの見解を述べる部分がある。しかし、右見解は、前記認定の電柱の手前に付いている本件自動車の左前輪のタイヤ痕や電柱の衝突痕の位置や状況とりわけ左前輪タイヤ痕は本件自動車が電柱と衝突する位置より手前から付いている事実と矛盾・齟齬するものであって、採用することができない。更に、右見解が述べるように、本件自動車が電柱と衝突した時点で前輪が車体の変形により拘束されて操舵が一切不可能な状態となったと断定するに足る証拠はなく、原告自身も、本件自動車は電柱との衝突後もハンドルの操作によって右に向かい、右側用水路に落ちそうになったので左にハンドルを切ったところ左に向かい、この時点でハンドルが動かなくなって左側用水路に転落したとしていることに照らしても、右見解は直ちに採用できない。また、この見解は、原告の申告のとおりの事故態様に矛盾はないとするものであるが、原告は、本件事故の態様として、道路中央付近を走行中、電柱の手前五メートルほどの位置に来たとき、突然犬が飛び出してきたため、左へハンドルを切り左斜め方向に向かい電柱に衝突したと申告している(乙五)のに対して、右見解はこのような申告内容を前提としては成立し得ないもので、本件自動車が道路左端を道路と平行に進んで電柱と衝突したことを前提としている点でも、原告の主張を裏付けるものとは認め難い。
4 また、証拠(乙一一、原告本人尋問[第二回]、調査嘱託の結果)によれば、<1>原告は、本件自動車を五〇〇万円で中古車販売業者から購入したが、その後オプションの装備も付けたとして、平成八年七月一〇日、東京海上火災保険株式会社との間で車両保険金額を一一八〇万円とする保険契約を締結し、同年一一月三〇日にボディに掻き傷を付けられるなどの事故にあったと主張して四六四万円余の保険金の支払いを受けたこと、<2>右事故の後、同社は、本件車両の時価が約四八〇万円であるのに車両保険金額が高すぎるとして保険金額の引き下げを申し入れたが合意に達せず解約となったこと、<3>その後、原告は、被告との間で前記のとおりの保険契約を締結し、修理代等に九〇〇万円余を要する本件事故にあったと主張して車両保険金額全額の支払いを求めていることが認められる。
5 右に見た本件事故の状況や保険契約に関する各事実を総合すると、本件事故は「偶然な事故」ということはできず、保険契約に基づく保険金支払義務は生じていないから、本訴請求は理由がない。
二 よって、本訴請求を棄却し、主文のとおり判決する。
(裁判官 西村則夫)